1.ヒト胎児肺線維芽細胞(ヘイフリックモデル)


 我々の体を作っている細胞が老化を起こすために、体の器官や組織の老化が起きることが考えられます。しかし、体の外に細胞を取りだしシャーレの中で細胞を培養できるようになった1900年代中ごろまでは、培養できる細胞は無限に生きると考えられていました。体の外に取り出したヒトの正常細胞が無限に生きないことを発見したのは、ウイルスのワクチン産生のためヒト正常細胞を研究していたヘイフリックとムアヘッド(米国、1961)[1]です。当時、この現象をなかなか受け入れてもらえなくて困ったと、ヘイフリックは述べています。それは、当時培養されていた細胞は無限に生きたからです。例えば、ヒトのがん細胞は無限に生きますし、また実験マウスから培養した細胞は不死化しやすいことは、今でははっきり分かっていますが当時は分かっていなかったためです。また、ニワトリ胚線維芽細胞は30数年も途絶えることなく培養されましたが、胎児抽出液を培養に用いたことによる新しい細胞の補充によることがヘイフリックにより示唆されました。



 ヒトの胎児肺からえた正常細胞は、50±10回分裂すると分裂できなくなりました(分裂はできなくなってからも半年以上も生続けることができますが)。分裂停止前には細胞の分裂速度が遅くなりまた細胞は大きくなりますが、これは丁度年とったヒトの肝細胞などが若いヒトのものより大型であることに似ています。ヘイフリックは、培養下で観察された細胞の分裂停止にいたる過程を生体内の細胞老化の反映とみなし、インビトロ(生体外、または培養下という意味)の細胞老化モデル仮説(Hayflick、1965)[2]を提案しました。この時、米国フィラデルフィア市のウィスター研究所で研究したため、そこの名前の頭文字をとりWI-38細胞と名付けられました(数字は用いた胎児の通し番号です)。
 胎児の肺組織から培養に移された細胞は、培養環境に適応し(相1)、よく細胞増殖し(相2)、その後増殖が遅くなり、停止します(相3)。この過程は、ヘイフリックにより3つの相にわけられましたが、最近では相3は増殖速度が低下する時期の細胞と分裂寿命をつきた細胞の違いが老化特異的bーガラクトシダーゼ(sa-β-galactosidase)により明白に分けられるようになりましたため[3]、2つに分けられることが多くなり、ここにあげた細胞老化のヘイフリックモデルの図では前者を相3、後者を相4として分けてあります。
 WI-38細胞は、元来ウイルスのワクチン産生のために開発されたため、細胞老化研究のために分裂回数の少ない細胞を分与してもらうことができない状態でした。一方、英国ではウイルス産生のためWI-38細胞と全く同じ性格をもつ細胞としてMRC-5細胞(1970)[4]がつくられ、細胞老化研究にも用いられました。WI-38細胞のストックがなくなってきたことよりWI-38細胞と全く同じ性格をもつ細胞が米国で必要とされ、ウイルス産生用と細胞老化研究用の両方の目的で IMR-90細胞(1977)[5]が樹立されました。日本では東京都老人総合研究所が設立され(1972)、細胞老化研究をするのに早い継代細胞(若い細胞)が入手できないため、WI-38細胞と全く同じ性格をもつ細胞が、同研究所のプロジェクトチーム(後の老人研細胞管理委員会)により樹立され、TIG-1 細胞(TIG は東京都老人総合研究所の英語名の頭文字をとったものです)[6]と名付けられました。TIG-1 細胞は細胞老化研究用のみの目的で樹立された国内外で初めての細胞です。形態像をみますと、継代早期の若い細胞は 小さく2極方向性を示していますが継代後期の老細胞は大きさが大きくなって2極方向性がくずれてきており、WI-38細胞と同じインビトロ細胞老化の変化が見られました。



 細胞老化研究のためヒト胎児肺線維芽細胞を用いる場合、まず世界中で広くWI-38細胞が用いられましたが、最近では米国ではWI-38細胞と IMR-90細胞が、英国およびヨーロッパではMRC-5細胞が用いられ[7]、日本ではTIG-1 細胞と TIG-3 細胞がよく用いられています[8]。


<文献>

  1. Hayflick, L. and Moorhead, P.S. (1961) The serial cultivation of human diploid cell strain. Exp. Cell Res., 25, 585-621.
  2. Hayflick, L. (1965) The limited in vitro lifetime of human diploid cell strain. Exp/ Cell Res., 37, 614-636.
  3. Dimri, G.P., Lee, X., Basile, G., Acosta, M., Scott, G., Roskelly, C., Medrano, E>E., Linskens, M., Rubelj, I., Periera-Smith, O.M., Peacocke, M. and Campisi, J.A. (1995) A biomarker that identifies senescent human cells in culture and in aging skin in vivo. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92, 9363-9367.
  4. Jacobs, J.P., Jones, C.M. and Baille, J.P. (1970) Characteristics of a human diploid cell designated MRC-5. Nature, 227, 168-170.
  5. Nichols, W.W., Murphy, D.G., Cristofalo, V.J., Toji, L.H., Greene, A.E. and Dwight, S.A. (1977) Characterization of a new human diploid cell strain, IMR-90. Science, 196, 60-63.
  6. Ohashi, M., Aizawa, S., Ooka, H., Ohsawa, T., Kaji, K., Kondo, H., Kobayashi, T., Noumura, T., Matsuo, M., Mitsui, Y., Murota, S., Yamamoto, K., Ito, H., Shimada, H. and Utakoji, T. (1980) A new human diploid cell strain, TIG-1, for the research on cellular aging. Exp. Gerontol., 15, 539-549.
  7. 近藤 昊(1984)ヒト二倍体線維芽細胞の老化 1.国外の細胞.細胞培養、10、320-329.
  8. 大岡 宏(1984)ヒト二倍体線維芽細胞の老化 2.TIG-1細胞.細胞培養、10、330-332.

<近藤 昊>